ミュージシャン・歌手

高嶋忠夫とフリオの関係、最期に病床で流れた曲名は?

長年俳優だけではなく司会でも
活躍された

高島忠夫さんが88歳で死去
されました。

 

6月26日13時1分、死因は老衰との
ことでした。

 

妻の寿美花代さんの
「最後は家族で見送りたい」
という希望で

通夜・葬儀告別式は27日に
家族のみで密葬になりました。

 

そのため、お別れ会などの予定は
ないそうです。

 

高嶋正伸さんのコメントによると、

父は、最後まで明るく良く通る声で笑ったり、話したりしながら、大好きだったフリオの歌声に包まれて、本当に穏やかに旅立ちました。このような穏やかな最期を迎えられましたのも、長きにわたり父、高島忠夫を応援して下さった皆様のおかげだと思います。心より感謝を申し上げます。

とのこと。

最期は苦しむことなく旅立って
いったようで、少しほっとしました。

 

高嶋忠夫さんが
最期に聴かれたというフリオ。

 

なんと、フリオとは家族ぐるみの
付き合で、

度々番組でフリオとのエピソードを
語っていました。

 

今回は、高嶋忠夫さんの
大好きだったフリオとの関係、

最期に流れたフリオの曲について
調べてみたいと思います。

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高嶋忠夫とフリオとの出会いと関係

フリオ・イグレシアスは、
スペイン出身の世界的な歌手です。

 

日本で大ヒットした
「黒い瞳のナタリー」は

聴いたことがある方も多いんじゃ
ないでしょうか?

ポルトガル語バージョンですが
YouTubeで見つけました。

 

高嶋忠夫さんは昔から
フリオのファンだったとのこと。

 

どうしてもフリオに会いたい、
そんな高嶋忠夫さんの希望を
叶えたのは1985年のこと。

 

「クイズ!ドレミファドン!」の
実際に会いに行くという企画で
共演したのがキッカケでした。

 

それ以来、
家族ぐるみの付き合いで
大親友と呼べる仲になったんだとか。

 

にしても、番組の企画でフリオに
会えちゃうなんて!

 

いくらかかったんだろう???

 

時代はバブル真っただ中。

 

番組の予算がふんだんにあった
恵まれた時代だったんですね。

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高嶋忠夫とフリオの再会

その後年月が流れ、
高嶋忠夫さんとフリオが再会する
出来事がありました。

 

2013年6月18日に
「カスペ!」(フジテレビジョン)で

「独占密着!真実の高島ファミリー
「忠夫さん、死ぬまで一緒やで」
~寿美花代・献身愛で闘う夫の病~
にて、その様子が紹介されています。

 

高嶋忠夫さんは2010年に不整脈で
心臓にペースメーカーを
取り付ける手術を行っていました。

 

それ以前にも

「糖尿病」
「アルコール依存症」
「重度のうつ病」

などの病と戦っていた
高嶋忠夫さん。

 

病を押しての台湾旅行でした。

 

ムリは承知。

 

でも、妻の寿美花代さんは
どうしてもフリオと再会させた
かったんです。

 

「最後になるかもしれない」
そんな思いで挑んだ旅行でした。

 

高嶋忠夫さんと寿美花代さん
高嶋政伸さんは

台北アリーナで行われるフリオの
コンサート会場に向かいます。

 

コンサートでは、
フリオが「黒い瞳のナタリー」
を歌いました。

 

その直後、
フリオは舞台から大きな声で、
「タダオ!」と呼び、

観客の前で高嶋夫妻を友人だと
紹介しました。

 

そしてフリオは高嶋忠夫さんとの
思い出の曲
「アブラサメ」を歌います。

 

その時、
驚くことに高嶋忠夫さんは
杖を使わず自らの足で立ち上がり、
拍手喝采したのでした。

 

今まで無表情だった高嶋忠夫さんの
顔が、笑顔になった瞬間でもありました。
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高嶋忠夫の最期に病床で流れたフリオの曲は?

高嶋政伸さんのコメントによると、
高島忠夫さんは

大好きだったフリオの歌声に
包まれて、
旅立ったそうです。

 

その時に流れた曲が何かは
明かされていませんでしたが、

どんな曲だったのでしょうか?

 

推測でしかありませんが、
何曲も流れていた中の1曲は、

お2人の思い出の曲「アブラサメ」
は流れていたのではないでしょうか。