サッカー

久保竜彦の伝説や明言が天才的!引退理由は?現在は塩づくり?

久保竜彦の娘が天才!長女・柚季の今は?次女の杏夏はテニス?嫁は?
からの続き。

 

規格外の身体能力で、ジーコジャパン
時代などサッカー日本代表の
フォワードとして活躍した久保竜彦さん。

 

ドラゴンの愛称でファンにも
親しまれていましたが、プレーを
離れると寡黙。

 

メディア泣かせという面も
あったよう。

 

ただ、発する一言一言はユニークで、
ファンの心に残る名言もたくさん
残っています。

 

今回は久保竜彦さんの現役時代の
伝説や名言、

また現在は山口県で塩づくりに励んで
いるそうで、そのあたりについても
調べてみました。
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久保竜彦の伝説とは?

久保竜彦さんは現役時代、規格外の
プレー
でゴールを生み出しファンを
熱狂させました。

 

ユーチューブなどにも久保竜彦さん
のゴール集などがアップされて
いますが。

難しい体勢からのボレーシュートや、
超ロングシュートも…
伝説級のゴールがたくさんあります。

 

それでも久保竜彦さんは、こうした
プレーは個人の能力ではなく、

練習から味方とイメージをすり合わせ
ているからこそ生まれる
ということで
す。

 

そのすり合わせを積み重ねることに
よって、味方からは
「これじゃったら決められるじゃろ」
というパスが送られてくるそうで。

ミートすることだけを考えれば、
というシチュエーションも
多くなるとのこと。

 

マイペースで天才肌のようなイメージ
もある久保竜彦さんですが、

仲間とイメージを共有する作業は
しっかりとしていたのですね。

久保竜彦の明言は?

久保竜彦さんの選手時代は寡黙で
知られ、インタビューアー泣かせ

だったようで。

 

「18歳で田舎から出てきて、
カメラに囲まれて…
喋れなかったです」


出典

チームからも改善のために
「話し方教室」も受講
させられた
というエピソードも
あります。

 

それでも発した一言一言は印象的。

 

ユニークな名言を数多く残している
というのも久保竜彦さんの特徴です。

 

若き日に将来の夢は?と聞かれ
「トラックの運転手」

インタビューアーは当然、
サッカー選手としての野望を
聞き出そうとしたわけですが…。

 

21世紀になる前に
2002年ワールドカップ代表への
意欲を聞かれた時は
「1999年に世界の終わりが
来るのでそんな先のことは…」

 

また、日本代表に召集された歳は
困惑した表情で
「俺、町内会の集会に出ないと…」

 

文面だけを見ると、
なかなかキレのあるボケですが。

 

ただ、久保ワールドの展開はTPOに
関係がなかったらしく周囲はハラハラ
したことでしょう。

 

久保竜彦さんは後に現役時代の発言の
数々について

「言ったことはすぐ忘れるから」
と、ほとんど記憶に残っていない
ということですけど。

「トラック運転手」については
本当の夢だったそうで。

 

日本中いろんなところに行けそう、
というのが魅力で、プロ入り後も
周囲はすごい選手ばかりだし、

通用しなければ運転手への転身を、
と考えていたとのこと。

それでも今は「やらんね」。

 

妹さんの夫が運転手だそうで
「あれ、荷物も自分で降ろさな
あかんねん。すごいらしい」

 

現実の厳しさを知って
憧れの気持ちは萎えちゃった?
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久保竜彦の引退理由は?

日本のサッカー界に多くの伝説を
残した久保竜彦さんは

2011年にJFLのツエーゲン金沢
から戦力外通告を受け現役から退く
ことを決断。

 

2011年のシーズン中に手を骨折した
ことが引き金
になったようで。

 

「手なんかプレーするのに関係ない
じゃろ。でも痛いのが我慢できんくて、
気持ちも上がっていかん。
若いころやったら関係なかったのに…。
俺、しょぼくなったなと思ったよ」

 

2012年8月4日には金沢に名波浩さんや
奥大介さんが駆けつけて、ドリーム
チームを結成。

 

石川県の社会人チームを相手に
引退試合も行われました。

それでも2013年には広島時代の
先輩に誘われ、広島県社会人サッカー
リーグの廿日市FCで現役復帰。

 

3シーズン、プレーして2015年
シーズンを最後に再び現役を引退
しました。

 

その決断も骨折によるものだったよう。

 

試合中に相手と接触して肋骨を折り、
「あんなんで折れたら、弱っている
というか、もうダメやなと思った」

 

Jリーグ時代から腰痛などに悩み
満身創痍で戦っていた久保竜彦さん。

 

ワールドカップもコンディションの
タイミングが合わず、

代表に選出されない不運がありました
し、久保竜彦さんは最後の最後まで
ケガに泣かされ続けた印象もあります。

久保竜彦の現在は塩づくり?

久保竜彦さんは現在、山口県光市で
天然の塩づくりに取り組んでいます。

 

引退後にサッカーの指導で山口県を
訪れた時に、塩釜で天然塩をつくっ
ている会社社長の話を聞き、興味が
沸いたそうで。

 

もともと久保竜彦さんは人の多い都会
が苦手で、若い頃には引退後のプラン
について

「農業っすかね。
畑をやりたいです」
と答えたこともありました。

 

そして2018年にはそれまで住んで
いた広島県から山口県に引っ越し。

 

知り合った社長の会社が保有する工房
や畑で、塩づくりや野菜づくりの
手伝いをはじめました。

 

海水を薪釜でゆっくりと煮詰める
製法で、その間は焦げ付かないように、
絶えず火加減を調整。


出典

また薪割り、アク取りなどの地道な
作業も続ける必要があります。

 

釜場は40度近くにもなり、暑さとの
戦いもあるようですが
「大変やけど、できた時に
舐めてみて、うめぇなあって思う。
塩が大事というが何となくわかる」

 

現役時代にケガの多かった
久保竜彦さん。

食の大切さを痛感しているのも、
塩づくりに励むモチベーションと
なっているようです。
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さいごに

現在は久保竜彦さんと同じ苗字の
久保建英さんがスペインの
マジョルカで大活躍中です。

「日本のメッシ」とも言われる逸材
は久保竜彦さんも当然、存在を知っ
ていて。

 

「テレビで試合を観ていて
『クボッ!』とか名前が呼ばれると、
『おっ!』となりますよね。
俺も久保でよかったなと思います」

と、名言の一つに数えられそうな
コメントを残しています。

 

それでも
小野伸二を初めて見た時もビックリ
しましたけど、(久保建英さんは)
それ以上ですね。
ジーコやマラドーナに近くて、
シュートに力みがほとんどない」

と分析も付け加えていました。


出典

久保竜彦さんは一番サッカーを楽しい
と思っていた時期は小学校だったと
振り返っており、

子供たちに楽しさを伝える活動は現在
も熱心なようですが。

Jリーグ監督に必要な免許である
S級ライセンス取得に動く気配もなく、

指導者としての現場復帰などには、
今のところ興味はなさそうな感じです。

 

今後も塩づくりを中心に活動していく
のかもしれませんけど、

たまにはサッカーに関する
久保竜彦さん流の見解も披露してもら
えば、ファンは楽しいのではないかと
思います。

 

最後までお読みいただきありがとうございました。

ABOUT ME
テツヤ
テツヤ
テツヤといいます。 北海道在住のライターです。 珠算の有段者というのが唯一の自慢。 でもお金の管理が苦手で 妻に「意味がない特技」と言われてます…。